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横浜地方裁判所 昭和42年(レ)92号 判決 1968年6月12日

控訴人

大菅栄一

被控訴人

エビス文字盤製作所こと

池田栄松

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一九、〇五七円を支払え。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

控訴人のその余の請求を棄却する。

この判決は仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

控訴人が被控訴人の経営する製作所の労働者であつたところ、被控訴人が控訴人を昭和四二年三月二五日予告期間をおかず即時解雇したが、右解雇の当時被控訴人は控訴人に労働基準法(以下単に法という)二〇条に定める平均賃金の三〇日分に相当する二四、四五七円の予告手当を支払わず、その後被控訴人は控訴人の請求により、後記のとおり三回にわたり右予告手当に相当する金員を支払つたことは当事者間に争いない。

そこで法一一四条の規定する附加金支払義務の発生要件ならびに支払額につき考察する。

そもそも本案の附加金制度は労働者の即時解雇に伴う使用者の解雇予告手当支払義務の不履行に対し労働者の請求により未払金額と同額の附加金の支払を裁判所が命令しうることとし、労働者に対しては訴訟によつてでも権利を実行する誘い水となり、使用者側に対しては、義務の不履行を引き合わないものとして遵法を奨めてその給付の不履行の防止を図る労働基準法上の一種の公法的制裁たる性質を有するものである。ただ右附加金の支払義務発生時期は使用者が予告手当を支払わなかつた場合当然発生するものではなく、労働者の請求によつて裁判所がその支払を命ずることによつて初めて発生するものであり、使用者に法二〇条の違反があつてもすでに予告手当に相当する金額の支払を完了し、(支払は後記のとおり訴提起前に完了していることを要するが)使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は独立に附加金の支払だけを請求することができないものと解せられる。しかし本条の附加金制度が特定の金銭支払義務の不履行に対する公法的制裁であるとの前記趣旨に徴すれば、労働者が裁判所に訴の提起をするまでに使用者による予告手当の支払が完了すれば裁判所も附加金の支払を命じ得ないが、訴提起時より後に予告手当の支払が完了しても使用者は附加金の支払を免れえないものと解するのが相当である。けだし予告手当金を訴提起後でも裁判所が命令を発するまでに支払えば裁判所はその支払を命じえないと解すれば使用者は口頭弁論の最後の段階で予告手当の未払金を弁済することによつて法一一四条の適用を免れてしまい、かくては本条は実質上空文化し、自発的に所定の支払をさせようとするその趣旨目的を達しえなくなるからである。そして以上説示の点を勘案すれば、裁判所が使用者に命じ得る附加金の額は訴提起の時の予告手当の未払額と同一と解するのを相当とする。

ちなみに船員法一一六条(四四条の三)は、船員が予告手当の支払をうけずに即時解雇された場合には、使用者は裁判所に対する訴の提起時において未だ支払われていない予告手当金に相当する金員を付加金として支払わねばならない旨定している。本件のような一般労働者については、この点についての特別規定は見当たらない。しかし、この場合に船員法の場合と別異に解すべき特別の理由も見出せないし、船員労働者との公平の見地からして一般労動者の場合にも、右船員法の規定の場合と同様、先に述べたとおり、訴提起の時即ち訴状が裁判所に提出された時(前記船員法一一六条は裁判所に対する訴による「請求の時」と規定する)における予告手当の未払額をもつて、裁判所の命じ得る付加金の額と解すべきである。

そこで本件の予告手当金の支払状況をみるに、控訴人の当時の三〇日分の平均賃金は前記のとおり二四、四五七円であり、被控訴人より控訴人に対し、昭和四二年五月二六日五、四〇〇円、同年六月一日七、〇〇〇円、同月一四日一二、〇五七円それぞれ支払がなされたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件記録上明白な控訴人の原審への本訴提記時である昭和四二年六月一日に支払われた金七、〇〇〇円については訴提起時より後に支払われたか否かは不明であるが、被控訴人において訴提起の時点より前に支払われたとの主張立証がないので右金七、〇〇〇円を訴提起の時の未払額に入れるのを相当と解する。(なお一見当裁判所の以上の判断と抵触するように見える最高裁昭和三五年三月一一日第二小法廷判決―昭和三〇年(オ)第九三号俸給等請求事件、民集一四巻三号四〇三頁―は、未払の予告手当はすべて訴提起の時点より前に完済されていたものであつて、本件とは事案を異にする。)

そうすると、被控訴人は法一一四条により控訴人に対し原審への訴提起時における未払の予告手当金に相当する金一九、〇五七円の支払をなす義務がある。

控訴人は更に遅延損害金の支払を請求しているが、前記のとおり、使用者の付加金支払義務は裁判所の命令によつて初めて発生するものであるから、本判決確定までの分については遅延損害金が発生せず、確定後の分については将来の給付を求めるものであつてこれをあらかじめ求める必要性を見出し得ないので、結局遅延損害金を求める控訴人の請求は理由がない。

従つて、被控訴人は控訴人の訴提起の時期に関係なく予告手当に相当する金額をすでに支払つたものであるから、未払金もなく、従つて支払うべき付加金もないとして控訴人の請求をすべて棄却した原判決は法一一四条の解釈適用を誤りひいてはその結論を誤つたもので不当と言うべきである。

よつて、民事訴訟法三八六条三八五条により原判決を変更し、右認定の限度で控訴人の請求を認容し、その余の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(溝口節夫 大久保敏雄 東条宏)

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